遊び



そこに発見があればすべて稽古にすることができるし、逆に練習をしても何の発見もなければそれは稽古にはならない。そういうことを古武術を通じて山口潤先生に教わりました。

家事育児や仕事でなかなか身体感覚についての稽古の時間がとれなかった私にはそれは切実なことで、「だったらできるだけ何かをやる時には興味をもって何かしら発見ができるような開いた状態で行おう」という風にやってきました。

興味があって開いている状態というのは「遊んでいる」感覚に近い。

それか切り抜けなければいけないピンチ。ピンチは放っておいても向こうからやってくるので、あとはどれだけ自分の生活の中にあることを楽しめるか、遊びにできるかかなと思います。

写真は昨日公園で見つけたカワセミに「気配を消して近づく」遊びをした時の戦果です。次はyieldしてみちゃおうかな。





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