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安全装置と社会

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無理が効かないというのは身体の弱さみたいにも受け取れるけど、壊れるとこまで身体を使い込まないための安全装置がよく働いてるという見方もできると思う。 違和感を細やかに感じ取れることを、うまく使いこなす工夫ができたらよいなあと思います。 場合によっては家庭や社会など他者とどんな関係性を築いていくのかもそこには含まれるかもしれません。 個人がどんな生き方を選ぶのかはどんな社会が現れるかにつながっている。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Yielding Embodiment Orchestration Resonance Blue

自分自身に寛ぐこと

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自分が物事や他者に接したとき、考えではなく、どんな風に感じたのか(気持ちというよりは身体感覚として。例えば胸がもやっとしたり、温かいものが湧き上がるような感覚がしたり、呼吸が浅くなったり…)を観察してみるのは興味深いです。 自分の考えが伝えてくることと、身体感覚が伝えてくることは結構ずれていたりして。 その感覚がいいか悪いかの判断をせずにただ観察してみると「自分って本当は嫉妬深いのかなあ」とか「ああ、でも嫉妬の陰には見捨てられてしまうかもっていう恐怖心があったりするのかなあ」とか、いろんなことが見えてきます。 きれいなところばかりではないけれど、そんな風に自分の感覚を受け入れることは、自分のいいところも悪いところも自分に統合していくことにつながっているように思われます。 そうやって自分の弱さも身の内に抱えておけるようになることは、自分自身に寛いでいられる強さにもつながっているみたいです。自分という場に寛げることは、自分と他者の境界を健全に区切るバウンダリーの感覚とも関わっているのかもしれません。 身体感覚を、自分自身とのつながりを整えていくことにも活用していただけたらなあと思います。