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セッションについて

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  セッションについて 外から決められた「正しい形」にあてはめなくても、身体には自らバランスを探して適応していく力があります。 セッションでは間合いと軽いタッチにより心身を深いリラックスに導き、身体の内側からの変化を促します。 ☆場所:神奈川県川崎市 溝の口、登戸、向ヶ丘遊園よりバス(ご予約時にお知らせ致します)。駐車場はありません。近隣の駐車場をご利用ください。 ☆営業日:対面セッション 火曜日〜土曜日(祝日除く)10時~17時 ※オンライン・遠隔セッションについては21時頃まで可能です。 ※対面・オンライン・遠隔ともに上記以外の曜日についても調整可能な場合がございます。ご相談ください。 ☆料金(2021.9.16より) ・対面セッション 10000円/1回(60分程度)  ・遠隔セッション 5000円/1回(20分~30分程度。お身体の反応に応じて前後します) ・Yielding embodiment3シリーズ/3回(60分程度/1回) 29000円 ※Yielding embodimentは3回で全体(背面、側面、腹面)にyieldの動きを引き出しますが、1回でお受けいただいても効果は出ます。また逆に3回以上お受けいただいてyieldを深めていただくこともできます。 ※価格については随時見直しをさせていただきます。 ※お時間はあくまで目安です。 お問い合わせ・ご予約はこちらまで kai.mabuchi@yielding-embodiment.com

余白のちから

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人は経験をひとつひとつ辿ることでしか成長できないのだなあと感じます。 楽しい経験であれ苦しい経験であれ、ひとつひとつの経験をじっくり感じて味わう事ができると、栄養として自分の中に沁みわたってゆくような感じがします。 「切羽詰まる」という経験自体もとても良い経験になると思うけれど、いつもいつも張りつめていて味わう余裕がないと、段々と経験が立体感を失って「こなす」だけのものになってしまったりする。 経験からもたらされる感覚が展開できるだけの余白を大切にしたい。 余白、スペース、間。 心理的なものであり、身体的なものであり、空間的なものであり、時間的なものでもある。 不思議なものだな、と思います。 yieldで扱っているものもまた「間」であります。

プロセス

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  ボディーワーカーは「プロセス」という言葉をよく使います。 私には長いことこの言葉の意味がよくわからなかったのですが、やっと最近少し腑に落ちました。 yieldセッションを受けると多くの場合構造の変化が起こります。 でもそれは、いわゆる「良い」変化とは限らない。 左右のバランスの差がむしろ目立つようになったりすることも起こります。 そんな時でも多くの場合受けてくださった方は「身体が楽になった」感覚を得るようです。 それは「悪い」変化なのでしょうか? 7月にyieldのデモセッションを受けて出てきた、動きの起点が尾骨であるような感覚。それによって私は 首が前に出ない姿勢を理解し、肚と頭が繋がる感覚 を得ることができました。 でも思い返せばその前に 「背中が丸くなる感覚」 を得たセッションがありました。一時的に猫背のような姿勢になったし、それゆえに物事を背負い込む心身の構えが強化されたかもしれないと思っているのですが、この感覚・姿勢は私から「背筋を伸ばさなければいけない」という思い込みを外して「自分の心地よい姿勢に身を任せてよいのだ」ということを教えてくれました。 恐らく私が「首が前に出ない姿勢」「肚と頭が繋がる感覚」を得るには、一旦「背中が丸くなる感覚」を得て「自分の心地よさを尊重する」という事を学ぶ必要があったのだと思います。 何か達成するべきゴールに一直線に向かう事が「良い」ことなのではない。 何かを経由して、そこで学ぶべきこと、体験すべきことを得たその先に次の変容が待っている。 人生の最後の日まで続くそんな営み。 「プロセス」と呼ばれるそれをたどって私は、どんな風景を見ることができるだろう?

悪い姿勢ってなんだろう?

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悪い姿勢って何だろう?という事をここのところ考えています。 私には長く抱えてきたパターンとして、疲れたりやることが多過ぎると「首が前に出てしまいがち」というのがありました。 元々はずっとその状態だったのがロルフィングを受けてからちょっとずつ改善されて「過剰なストレスがないときはそうでもない」という風にはなりましたが、やはりちょくちょく出てくる。 初夏、それまで感じないようにしていた自分の中のネガティブな感情(過去の怒り)をじっくり感じてみることをしてみました。観察してみるとこの怒りの根っこには「とても頑張ったのに、報われていない」というような気持があるようでした。 自分の深いところにある信念のようなものに向き合うのは精神的にも肉体的にもかなりしんどかったので、田畑さんのyieldでフォローして頂きました。 1回目のセッションの帰り道、私は「頑張ったのに報われていない」と思いながらも同情されることも拒否していて、自分で思っていたよりもずっとギリギリのところで踏みとどまっていたのだなあという事に気が付きました。そのことが身体で理解できるようになったら、少しずつネガティブな感情とコンタクトがとれるようになってきました。 2回目はWSでのyieldデモセッション。「首は尾骨から始まるのだ」という感覚が出てきました。今まで感じたことがない不思議な感覚で、凄く面白かった。やじろべえみたいに尾骨から首を支えているような、動きの起点が尾骨みたいな感覚。 それからしばらくして、私の首が前に出る姿勢というのは、押しつぶされそうになっているときに力を振り絞って立ち上がり、何とか前を向いて進もうとしたときの名残だったのだと気が付きました。 自分なりに良く生きようと精一杯頑張っていた過去の自分をそこに感じたとき、首が前に出てしまう癖を悪い姿勢だと思えなくなりました。 今も時々そうなってしまうことがあるけれど、そんなときは自分の胸に手を置いて「そんなに頑張らなくても大丈夫だよ」と話しかけて尾骨に意識を戻してやる。歩く速度をゆっくりにしてみる。そうするとちゃんと頭が真上に乗ってきます。 一見「悪い」ように見える身体の癖。矯正してしまうのではなくて、和解するという道は、時間もエネルギーも使ったけれどとても豊かなものを連れてきてくれました。 それは自分自身に対する信頼感であり、動きの起点が尾骨=肚と

体験記12

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田畑さんの空間身体学のWSを通じてご興味を持ってくださった方より、セッションのご感想をいただきました。 最初に経絡のチェックを少しだけ入れさせていただいてからのyieldです。右足、顔、顎などを中心に大きく自己調整をされていたようです。 子供の頃の交通事故に遭われて脚の長さが左右で異なるとのことでしたが、前後写真ではセッション後は踵の支えがしっかりしたために真上に身体が乗るようになったのが確認できます。 タッチはごく軽く触れるだけで、それ以外は心地よい間合いのなかで待つことでyieldを促しただけですが、お身体は持っているポテンシャルの中で自らよいバランスを探していきました。 脚の支えは次回以降のセッションにも繋がっていくため、今後の変化も楽しみです。 『今日のセッションの感想としましては、最初に左足付近に立たれたときに風を感じた時点で今日はよい機会になると感じました。はじめに左半身かり触れるか否かの繊細なタッチにもかかわらず、体が緩むのを感じ右半身との違いがでたのには驚きました。さらに全身がゆるんでいく心地よさに気分も飛んでましたが、踵や足首、足裏、腰の裏に触れてもらうと下半身がしっかりしてよい感じに。最後に立ち上がったときに床に委ねるとはこういう感覚なのかと大変驚きました。 施術も良かったのですが、馬渕さんの穏やかでリラックスした雰囲気が素敵で癒されました。適度に芯の強さも感じられ、そのようなパーソナリティーはイールドが育まれたのでしょうか やはり、ワンオンワンでの良さはWSとは異なります。』

モニターセッションご感想

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構造変化の研究のために募集しているモニターセッションのご感想をいただきました。 3シリーズでのお申込み1回目、背面のyieldを促すセッション、トレーナーの方です。 脚部から始まり全体にyieldが引き出された後、全体が協調してまとまった「コヒーレント」と呼ばれる状態に入られて自己調整が起きていたようです。 3シリーズでのお申込みのため、今後の変化も楽しみです。 『馬渕さん、先日はありがとうございました。 初めてyeildを受けましたが、とても面白かったです。 良い意味で「先生」という感じの威圧感がなく、人見知りの自分が緊張せずに施術を受けられました。 立つ位置によって身体が感じる事が違ったり、身体に出る変化(左足は開く感覚で、右足は下に沈む感覚)が異なっていた事が新鮮でした。 施術の中盤は身体が深くベッドに沈む感覚と供に眠気が来ましたが、終盤にかけて段々意識が鮮明化していき、最終的にはとてもスッキリしました。 立った感覚を施術前と比べると、より地に足がついてるのに身体にスペースが出来て、シャッキっとした感覚があってそれも良かったです。 また来週も宜しくお願い致します 』

棲み分ける

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コロナ禍の下で顕在化してきているように感じる事として「社会の共通認識がバラバラになりつつあるのかな」という事があります。 昔はマスコミだったりアカデミックなものだったりが及ぼす影響がとても大きくて、なかなかそこから外れた価値観というのは持ちずらいし理解もされずらいところがあったような気がします。 でも今はインターネットを見ていると本当に人それぞれ多様なものの捉え方をしていて、「異なる世界観の人とどうやってうまく共存していくのか」というのは大きなテーマになっていきそうだなあと感じます。 先日yieldの創始者の田畑浩良さんが 『安全な拠り所となる足場にyieldするという動きを体現すると、他者を含めた空間との親和性が回復します。 すると楽に共存する感覚が蘇ってきます。 適者生存ではなく、ちょうどいい間合いから生み出される「棲み分ける感覚」は日本人の誇れる、そして得意とするセンスだと思っています』 ということをtweetされていました。 世界観の違う者同士がうまく共存していく方法として「理解し合う」ということだけではなく「棲み分ける」という感覚を使っていくことも大事になってくるのかもしれないなあとふと思いました。 「人と人とのコミュニケーションの中でわかり合って共存する」というだけではなく、その間にある「ここちよい間合いを維持していくことが結果的に棲み分けによる共存関係に繋がっていく」という方法も試してみると面白いかもしれません。

敏感さと安心感

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身体を観察していると、恐れや怒りから敏感になることもあれば、安心して心地よくあることで敏感になることもあるのだという事に気がつきます。 心地よくあるとき、敏感さは「感覚を繊細に味わう」という形であらわれるけれど、恐れや怒りからくる敏感さは感覚の中に入り込めない感じ。身体の反応だけがわっ!ときて、圧倒されてしまう感じ。 感覚をうまく活用するために必要なのは、「安心」なのかもしれません。