自分の感覚を信頼してもらうために

自分自身の感覚を信じられるようになれることって、凄く大事なんじゃないかと思います。

ついつい自分よりも権威のある人の言葉を自分の感覚よりも大事にしてしまうことって多いなあと思うのですが、権威のある人と自分の感覚がズレたときに自分の感覚の方をなかったことにしてしまうと、なんとなく自信が持ちきれなかったり、自分の中にもやっとしたものが長く残るような感覚があります。

「我を通す」という意味ではなくて、現実に折り合いをつけつつも「自分が一番信頼するのは自分自身の感覚である」という風でないと苦しくなってきてしまう。

権威には色々な形があって、自分が所属していた権威から出たとしても、また別の場所で別の権威と同じような関係性を結ぶのなら、それは役者が変わっただけで同じ台本のお芝居を見てるようなもの。どうせなら違う台本に移行していく方が面白いと思うのです。

そういうところに移行するためには、術者と受け手が対等な関係性である必要があると思っています。極力術者が権威にならないように努力したい。

yieldの技術には対等な関係性(間合い)であることが含まれているので、それをきちんと活かすような施術をまだまだ探求中です。



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