触れることから学んだこと



「触れる」ということはとても奥が深いものだなあと思います。

セッションをしていると変化が起こりやすいタッチの質というのがあるように感じるのですが、それは手の感覚ということだけではなくて、もっと全体で起こっていることのように思われます。

それは「尊重」とか「大切にする」とか「尊いものとして扱う」というようなニュアンスの質感なのですが、じゃあそういう意識で触れたらそういうタッチになるのかというと、そうでもない。そういう身体の状態になっていて、それを知覚している、という感じです。

逆に、私はセッションをしたり受けたりする中で「大切にするということや、大切にされるということはこういうことなのか」と身体感覚を通して深く理解したように思います。

頭で理解する「大切にする」は、「私」と「大切」の間に距離がありますが、経験や体感として知るとき「大切」と自分はひとつという感じがします。

一体化しているから意識の上では気が付きにくいこともあるかもしれないし、セッションを受ければ即体験になるかというとそうでもないところもあるかもしれませんが、言葉を使わないアプローチでしか入っていけない風景というものがある。

「ゆだねる」でも「平和」でも、言葉ではなく身体感覚として感じていただくことで、生活の中で現れる異なる多様な文脈の中でもそれを使いこなしてゆくことができるようになるのではないかと思っています。




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