パンドラの箱


何かに腹を立てるとかイライラするとかするとき、その陰には感じたくなくて、あるいは感じることを禁じて自分自身から隠しているものがある場合があるんだなあと思う。
その感じないようにしてきたもの、感じることを禁じてきたものに向かい合ってみると、その底には「願い」があったりする。
パンドラの箱を開けるように闇をかきわけて、そこに眠っている願いをひとつひとつ救い上げて取り戻していくと物事の見え方が少しずつ変わっていく。
何が好きで、何が嫌いか。何が心地よくて何が不快か。
心でも身体でも、「感じる」ってことが人に与えているもの。

何を、どんな風に、どんな層で感じるのか、っていうこと。
感覚をどう扱うのかということ。
人って本当に不思議で面白い。
安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす


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