見ることと静寂



抗がん剤も終わりに近づいたある日、公園を散歩していたら風景の見え方がいつもと違う気がして不思議に思いました。なんだかVRの映像を見ているみたい。

なぜそう感じるんだろう?と数日考えて、実はあまり見るという行為をしてなかったということに気が付きました。そしてそれはどうやら自分の中の静寂と関わっているみたいだということも。

考え事しながら歩いているときに知人に何度も声を掛けられるまで気がつかないことが何度もあった。そんなときの視界を思い出そうとすると殆ど無かったんじゃないかという気がします。音もしかりで、考え事していると話しかけられても気がつかなかったり。

頭の中で思念を回し続けているとそれ自体が雑音になって外の情報がうまく入ってこないのかなと思います。

静寂のトーンが出てきて自分の内側が静かになってくると、外の物がよりきちんと見えるようになってくるし、その分だけ物事に対する判断もしやすくなってくるように思います。

生きることはシンプルで、そんなに難しいことじゃなかったのだなあ。


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