自己紹介⑦

 シャバアーサナで感じた感覚から、トラウマという事に興味を持ち始めてソマティック・エクスペリエンス(SE)というトラウマ療法にたどり着きました。

SEは身体と神経系を対象にした療法で、身体を通じて心を探求する事に興味を持ち続けてきた私にはとてもしっくりくるものでした。

SEの協会HPから通える範囲で活動されていて、心よりも身体にベースを置いている方を探しました。1番気になったのは今yieldを教わっている田畑さんでしたが、ロルフィングの中で提供されているとの事だったので、まずは純粋にSEを受けてみたいと思って若尾秀美さんのセッションを受け始めました。

SEでは意識を身体感覚に向けてみて、それがどんな感じがするかを丁寧に拾っていきます。今までは何かしている時の身体感覚を追いかけていましたが、SEでは椅子に座っている普通の状態で感じている事をじっくり観察していきました。

瞑想とも通じますが、何もしていない時に自分の身体に注意を向けてみることは自分自身と向き合う事でもありました。何かを見る、感じる。そしてその感覚が快か不快か。自分ではできるようになっていたつもりでまだまだ感覚を無視していたのだなあと驚きました。

『2018年5月28日

今日のSEでは部屋の中の温度だったり、明るさだったり、外から聴こえてくる声だったり、見え方だったりが「自分にとって快適かどうか」という、自分にとっての快適を身体を使って探していきました。

なんとなく窓の方を見る癖があるけれど自分の感覚をよく見ると明るさがきつすぎると感じていたり、ちょっと寒いなと思っていたり、一緒にいる人には視界の外にも中央にもいて欲しくなかったり。

私は普段は自分の快適よりも目的や社会性を優先して「まぁいいか」と受け流しているけれど、感覚をよく見ていくとかなり「あれは嫌」「これも好きじゃない」と、色々と細かいことに違和感を感じているんだなぁ。

なんか、子供に戻って我儘になる稽古をしているみたいで面白い。ものすごく疲れるけれど。

あと、モノを見るときに、画素数が多すぎるっていうか、過剰にリアルな感じがあるときというのがこれまでもあったのだけれど、今日それを感じてみた時に、そういうときの自分は視覚に圧倒されちゃってるんだなと思いました。たぶん、視覚だけじゃなくてこの過剰な感じっていろんな場面で感じていて、でもそう思ったところでどうしようもないよなと思って受け流してると思う。

まずは過剰なものを過剰として認識できるということが必要かもしれない。』

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