投稿

安全装置と社会

イメージ
無理が効かないというのは身体の弱さみたいにも受け取れるけど、壊れるとこまで身体を使い込まないための安全装置がよく働いてるという見方もできると思う。 違和感を細やかに感じ取れることを、うまく使いこなす工夫ができたらよいなあと思います。 場合によっては家庭や社会など他者とどんな関係性を築いていくのかもそこには含まれるかもしれません。 個人がどんな生き方を選ぶのかはどんな社会が現れるかにつながっている。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Resonance Blue

自分自身に寛ぐこと

イメージ
自分が物事や他者に接したとき、考えではなく、どんな風に感じたのか(気持ちというよりは身体感覚として。例えば胸がもやっとしたり、温かいものが湧き上がるような感覚がしたり、呼吸が浅くなったり…)を観察してみるのは興味深いです。 自分の考えが伝えてくることと、身体感覚が伝えてくることは結構ずれていたりして。 その感覚がいいか悪いかの判断をせずにただ観察してみると「自分って本当は嫉妬深いのかなあ」とか「ああ、でも嫉妬の陰には見捨てられてしまうかもっていう恐怖心があったりするのかなあ」とか、いろんなことが見えてきます。 きれいなところばかりではないけれど、そんな風に自分の感覚を受け入れることは、自分のいいところも悪いところも自分に統合していくことにつながっているように思われます。 そうやって自分の弱さも身の内に抱えておけるようになることは、自分自身に寛いでいられる強さにもつながっているみたいです。自分という場に寛げることは、自分と他者の境界を健全に区切るバウンダリーの感覚とも関わっているのかもしれません。 身体感覚を、自分自身とのつながりを整えていくことにも活用していただけたらなあと思います。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Resonance Blue

安心のトーン

イメージ
音の聞こえ方って、面白いなあと思います。 例えば遠くを飛ぶヘリコプターの音を煩いなあと感じることもあれば、お天気の良い日の昼間に洗濯物を干しながらそれを聞いていて「平和だなあ」と感じることもある。 どんなトーンを帯びて聞こえるのかは、外側に原因があるだけではなく、自分の心身の緊張具合でも大きく変わってきます。 現代社会ではいろいろな事が予測可能になって便利になった反面、様々なアラームや危険予測情報が満ち溢れています。 無意識にでもそれを浴び続けていることで身体は緊張あるいはそこを通り過ぎて危険を無視するようなコンディションになっているかもしれません。 身体的な安心・安全な感覚を通じて身体の緊張のトーンを適切なものに整えていくと、身体が必要な回復や成長にエネルギーを割り振るので、スッキリしたりその後も休息が取りやすくなります。 何となく「窮屈だな」という感覚がある方は1度セッションを試してみて頂けると嬉しいです。 外側にあるものにちょうどいい反応をするためにも、自分の心身の緊張感のトーンをニュートラルなところに近づけておくのは役に立つことでしょう。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Resonance Blue

余白のちから

イメージ
人は経験をひとつひとつ辿ることでしか成長できないのだなあと感じます。 楽しい経験であれ苦しい経験であれ、ひとつひとつの経験をじっくり感じて味わう事ができると、栄養として自分の中に沁みわたってゆくような感じがします。 「切羽詰まる」という経験自体もとても良い経験になると思うけれど、いつもいつも張りつめていて味わう余裕がないと、段々と経験が立体感を失って「こなす」だけのものになってしまったりする。 経験からもたらされる感覚が展開できるだけの余白を大切にしたい。 余白、スペース、間。 心理的なものであり、身体的なものであり、空間的なものであり、時間的なものでもある。 不思議なものだな、と思います。 yieldで扱っている「間」「余白」「スペース」。 やわらかくて捉えどころがなくて、けれどもとても力強いもの。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Resonance Blue

体験記12

イメージ
セッションのご感想をいただきました。 最初に経絡のチェックを少しだけ入れさせていただいてからのセッションです。右足、顔、顎などを中心に大きく自己調整をされていたようです。 子供の頃の交通事故に遭われて脚の長さが左右で異なるとのことでしたが、前後写真ではセッション後は踵の支えがしっかりしたために真上に身体が乗るようになったのが確認できます。 脚の支えは次回以降のセッションにも繋がっていくため、今後の変化も楽しみです。 『今日のセッションの感想としましては、最初に左足付近に立たれたときに風を感じた時点で今日はよい機会になると感じました。はじめに左半身かり触れるか否かの繊細なタッチにもかかわらず、体が緩むのを感じ右半身との違いがでたのには驚きました。さらに全身がゆるんでいく心地よさに気分も飛んでましたが、踵や足首、足裏、腰の裏に触れてもらうと下半身がしっかりしてよい感じに。最後に立ち上がったときに床に委ねるとはこういう感覚なのかと大変驚きました。 施術も良かったのですが、馬渕さんの穏やかでリラックスした雰囲気が素敵で癒されました。適度に芯の強さも感じられ、そのようなパーソナリティーはイールドが育まれたのでしょうか やはり、ワンオンワンでの良さはWSとは異なります。』

モニターセッションご感想

イメージ
構造変化の研究のために募集しているモニターセッションのご感想をいただきました。 3シリーズでのお申込み1回目です。 『馬渕さん、先日はありがとうございました。 初めてyeildを受けましたが、とても面白かったです。 良い意味で「先生」という感じの威圧感がなく、人見知りの自分が緊張せずに施術を受けられました。 立つ位置によって身体が感じる事が違ったり、身体に出る変化(左足は開く感覚で、右足は下に沈む感覚)が異なっていた事が新鮮でした。 施術の中盤は身体が深くベッドに沈む感覚と供に眠気が来ましたが、終盤にかけて段々意識が鮮明化していき、最終的にはとてもスッキリしました。 立った感覚を施術前と比べると、より地に足がついてるのに身体にスペースが出来て、シャッキっとした感覚があってそれも良かったです。 また来週も宜しくお願い致します 』

敏感さと安心感

イメージ
身体を観察していると、恐れや怒りから敏感になることもあれば、安心して心地よくあることで敏感になることもあるのだという事に気がつきます。 心地よくあるとき、敏感さは「感覚を繊細に味わう」という形であらわれるけれど、恐れや怒りからくる敏感さは感覚の中に入り込めない感じ。身体の反応だけがわっ!ときて、圧倒されてしまう感じ。 感覚をうまく活用するために必要なのは、「安心」なのかもしれません。 安全・安心な感覚の中で自分とつながりなおす Resonance Blue